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旅模様*

旅のあしあと&稽古場日記です   

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『WæNDERING』最終日11/27

今、東京に向かう飛行機のなかで、これを書いている
機内にほかのメンバーはいない。ぼくひとりだ
おもえば五週間もいっしょにいたというのに
それももはや、一瞬にして夢のようになってしまった、
ほんとうにそんなことがあったのだろうか? と
心のどこかでは信じきれないところがあって、
鞄の底にころがった「ごっくん馬路村」の瓶がかろうじて
いっしょにいた事実を思い出させてくれる……。


帰ったらみかんをたべよう。


さて、昨日のあったことをいろいろ書くと、

やはり朝からの稽古。最終調整をして、本番にのぞむ。


メイク


メイク中の男子楽屋。


そうして本番。
やはり安定感がでていながらも、
要所要所であたらしい挑戦も。
細やかなところにまで神経のこもる演技、
やはり最終日らしい集中力の高まりです。


本番の時間もあっという間で、
気がついたら、終わってしまった!
これはみんながサインを書いたポスター。
今後美術館で飾られるそう!


よせがき


ちなみに、他にどんなポスターが飾られてるかというので、
いろいろあるなか、ぼくの気になったポスターをいくつか公開


過去公演


ポかリンの過去公演。
みなさんのサインも、もちろんあります


ク・ナウカ


ク・ナウカ公演のポスター。
今回もでている本多麻紀さんのサインも


ダムタイプ


ダムタイプ『OR』
ちなみに、あの『S/N』の映像上映を
さいしょにやったのはここらしい!


グラス


ミニマルミュージックの巨匠、
フィリップ・グラスのサイン!
ここにきてたんだなー


それで、舞台の撤収もおわって、ホテル近くの店で打ち上げ!


打ち上げ


焼酎をビールで割ったりとか
一気飲みのウェーブ「パド」っていうのとか
韓国文化の飲み方をしこたま
このあと二軒目にも行きましたが、
どうもぼくは一時くらいに撃沈。
朝七時くらいまでまで飲んでたひとらもいるらしい。
すげえな…


ところで、今回学んだこと色々

・強調したいときは二回言えばいい
「ビールビール!」「サウナサウナ!」など
強調して言いたければ、二回繰り返せばいい
とても単純なコミュニケーションのかたち

・「◯◯スタイル」という表現はすごい使える
「これは日本スタイルだ」「韓国スタイルだ」「高知スタイルだ」「俺スタイルだ」など
じっさい、使った頻度として「◯◯スタイル」ってかなり上位

・男は男である
国は違っても、男は男
だいたい会話することは同じなので、
ノリさえ共有すれば、1つたわれば10つたわる

・焼酎をビールで割ってはならない
知ってました

・高知におけるやなせたかしのフィーチャーぶり
車体全面アンパンマンの「アンパンマン電車」は予想していたけど、
山内一豊のキャラクター「かずとよくん」まではさすがに。
かずとよくん

・地方にも「演劇村」はある
いわゆる、客席の「ほぼ身内」状態。
「演劇好き」「演劇関係者」がほとんどを占め、
一般の「市民」のひとがあまり来ない。
今回がどれだけそうだったのかはわかりませんが、
(高校生とか、子供とか、たくさん来てくれたので
それはよかったとおもいますが)
打ち上げで現地のひとに話したところ、
「やっぱり、見たことあるひとは多かった」とのこと。
その人も演劇活動をしていて、そのムラ状況にうんざりしていたという
なんとなく印象として、首都圏ではムラ化していて、
地方ではそんなことないというのが、あったけど、
もちろん地方にもムラっていうのはありうる。
印象的だったのは、「東京だってそうですよ!」と話したとき、
「東京すらそうなのか」と言われたこと。

・ゆずは万能
汁物から、何から、ゆずさえ入れれば、ほら、気持ちは高知に

・人間は慣れる
高知にいて、ずっと同じひとたちと生活して、
ずっと演劇をつくっていくというの、
しかもこんなに長いのは、
やはり初めての経験だったし、
でもそれに慣れて当然みたくなっちゃったのが不思議。
これから東京での生活に復帰できるんだろうか…
いや、意外とこれもぺろっと戻るんだろうけど


(『WæNDERING』の稽古日誌もこれでおわりです。
読んでくださったみなさん、ありがとうございました。)


演出助手・カゲヤマ気象台


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  1. 2011/11/28(月) 22:35:04|
  2. WæNDERING
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『WæNDERING』公演二日め11/26

というわけで公演も二日めを迎えましたが、
まだ本番ちょくぜんにも稽古。
なんといったって、ワンダリング続けているので!


ケータリングのところに、
ふとみたらこんなものが。
ジュニョンさんのところに送られてきた、
本場韓国のキムチ!


キムチ


ちょう辛いの、
「日本のキムチは甘い」というの、納得。
辛味とうまみがしっかりあって、
さすが、おいしかったー。
しかし、後ほどこのキムチのにおいが
楽屋に充満、さらに
会場にも流れこんできてしまったので、
本番まえに換気&消臭、といって
ちょっとしたキムチ騒動に

しかしまたたべたい

それでこっちは、
昨日入った屋台のおばさんから
なぜだかもらっちゃった、ゆず!


ゆず


これは万能でなんでも入れておいしい。
ぼくはカップそばのスープに入れてみたら
それだけでなんだか上品なあじわいに。
ちなみに、この皮を霧吹きにいれて
「ゆずの香りでキムチを消臭」作戦を敢行したものの、
やはり本番のときまで香りはもたなかった…


本番まえ


本番は、やはり初日とはちがって
より安定感のでたところもあったり、
さてそのなかでどうやっていこうかといったところ。
お客さんの反応もさまざまだし、
やはり雰囲気は毎回ちがう。

それでも、毎回お客さんは、
ほんとうに、ちゃんと見ていてくれている。
正直いって、静謐なムードもあるし、照明もくらいし、
寝ちゃうお客さんもけっこういるかもなと思っていたけど、
じっさいみてみたらそうでもない、
食い入るようにみてくれている感じもあるし、
それぞれに驚きをもって楽しんでくれているよう。
こういう雰囲気はとてもうれしくなる


夜の公演の前に、
駐車場でかまきりを発見。


かまきり対カエル


かえる対かまきり。
意外とかまきりはかえるに怯えて逃げる。


カマキリの空


夕空に映えるかまきり。
これは衣装の工藤さんね。

さすがにちょっとつめたい風がふく、
それでも、かまきりよ、生きろよ、と
植え込みに逃がし、
かまきりのパワーをもらったので
我々は自信をもって夜の公演にのぞむ


夜の公演後には、
韓国の演出家、キム・ガンボ氏がアフタートークに。
いろんな町で演劇が社会に関わっていくこと、
日本や韓国のそれぞれの演劇的な状況などを
舞台上をあるきまわりながら
(それが今回のトークのスタイルらしい)
おふたりで話し合っていましたが、
歩きまわるトークとははじめて見た。
固くなってしまいがちなトークの雰囲気が、
なんだかそれだけでなごむし、
そのぶん話もスムーズに進むよう。
歩きまわることの効果ってのはやっぱりすごい


その後、みなさんとキム・ガンボ氏を囲んで
例のたたきのおいしい「藤のや」へ
やはりここの料理はブレない…
キム氏にも好評でした。


日付のかわるころホテルに戻り、
さて明日はもう最終日。
ワンダリングが今回どこまでいったのか、
それがいったん落ち着くのは、ようやっと明日
楽しみだけどさみしくもある



今日の反省:
だんだん本番中でもリラックスしてきたんだけど、
なんだかリラックスしすぎて、
気づくと変なかっこうでみてるの、
ふとして恥ずかしくなるからやめたい


演出助手・カゲヤマ気象台


  1. 2011/11/27(日) 00:51:34|
  2. WæNDERING
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『WæNDERING』公演初日11/25

さて、というわけで公演初日がやってきました

しかし朝からまた稽古、
昨日の通しを踏まえて、また
新しいシーンを構成します。
一度通せたということもあってか、
はたまた公演初日のテンションか、
昨日までのぎすぎすした雰囲気とはまた違って
遊びの余裕がまた、じゃっかんでてきたかも
というような空気のなか、
ちょっと、ふざけたようなシーンもできて、
いや、それの良し悪しとかより
とにかくこれでいってみよう! といういきおい
なにしろ今日は初日なので

ゲネプロを昼に終え、
またちょっと修正稽古をして、
あとは本番を迎えるのみ、
という、ときの、楽屋にて


楽屋


みんなコーヒー好きなので消費がはげしい。


開場まえ


いよいよ本番ちょくぜん。
劇場内では美術館のスタッフさんらがミーティング。
いよいよお客さんの来る緊張感たかまる


弁当


楽屋でお弁当をたべる明神さんを隠し撮りした。
和装なのは、明神さんの正装なのだ

(ちょくせつカメラむけると嫌がられるかもしれないので
鏡越しにこっそり撮影した、おこられるかな)


台本


ロビーではポかリンの過去公演の
テキストも販売しております!
あと、木並さんの音楽のCDとか
興味もたれた方はどしどし、買ってください!


てなわけでいよいよ本番。
ゲネにくらべて、リラックスした雰囲気で
でも締まった緊張感は保ちつつ、
お客さんといっしょに「ワンダリング」していくような
いよいよ、そのものが、ひとつのかたちになっていく、
どきどきと驚きを共有できたかんじっていうのは、
あるなー、あるなーとかんじておりました


終演後


終演後も舞台美術をまじまじと見たり、
いろいろと話し合ったり、
なかなか帰らないお客さんたち。
「交流の場」としての劇場が
こうやってある、ていうのはすごくいい。
テストの近い高校生たち、がんばれー


初日乾杯


そうしてその後ロビーにて乾杯!
関係者、お客さんもまじえてわいわい。


乾杯


館長に深々と頭をさげるベクさんとギウォンさん


乾杯


もりあがる会場。
右奥には今日のアフタートークゲストの、
鳥の劇場の中島諒人さんも写っています


ひとまず幕を上げた『WæNDERING』ですが、
これからまだまだ形をかえていきます。
明日も稽古してから本番が二回。
ぜひぜひ体感しにきてくださいー


今日の反省:
じぶんと高校生の距離感をはかりかねている


演出助手・カゲヤマ気象台


  1. 2011/11/26(土) 01:07:45|
  2. WæNDERING
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『WæNDERING』11/24

高知もだんだん寒くなって参りました。
朝より、稽古。なにしろ、明日は本番なのです。

昨日の日記にも書きましたが、
昨日の段階で、構成できていたのは
全体の約半分くらい。
それから残りのぶぶんを、
今日いっきにつくります


稽古1



今まで共有していたところから、
さらに解体し、新しいイメージを加え、
それからさらに、色々発見しながら
また新しいものを見つけていく。
意外な発想は、面白くもあれば、
ときに道を見失う、危険性もある。
なにしろ明日は本番なので、
面白いものを取り入れていきながら、
それでも道は守らなければならない。
みんなでその道を守っていくようなスリルもある。


稽古2


そうして、ばたばたと夜になり、
なんとか最後まで構成しおわることができました。
夕食の休憩を挟んで、通し。
初めての本格的な通しで、
たくさんのスタッフさんの見ているなか、
音響、照明も入って、
ほぼ本番に近い仕様。
通すことで、今まで見えなかったような
色々なものがみえだす、
なんだか今までとまったく違うパフォーマンスような、
そんな印象さえある。


通しを終えて、「成功を確信しました」と明神さん、
まだ修正するところや、
付け加えるぶぶんもある、
けど、おおくのスタッフさんがうなづき、
ようやっと、なにか生まれでたような
そんな感覚が、ある。


稽古3



ふと思ったのは、
「美というものは、とてもわかりやすい」ということ。
「美しい」ということで、おおくの人は、それで全部が納得できる。
もちろん、その美をそこに感じないひともいる。
それは人それぞれなので、あたりまえのことだ。
「美しいらしいけど、べつに打たれない」というのも、ある。
けど、「美しいものが、すばらしい」というのは、
誰もが容易に理解できることで、
芸術というのはその「美」をもとめたものなのだ、というのは
非常にわかりやすい、一般論だ。
そこでは、それを美しいと感じられるかぎり、
それはその人にとって価値がある。
たんなる「美」でないものは、一般論の範囲をこえていく。
(もちろんその「美」には「醜」なる「美」とかもふくめ)
しかし、「美」というものは、非常にわかりやすい。



今日の反省:
明日もがんばる


演出助手・カゲヤマ気象台
  1. 2011/11/24(木) 23:35:34|
  2. WæNDERING
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『WæNDERING』11/23

舞台もできあがってきて、
いよいよ会場での稽古。
照明や仕掛けも入って、
イメージとのすり合わせ、調整の作業。


のれん



やはり稽古場では成立していたところが
成立しなくなってしまったり、
逆に、稽古ではぜったい思いつかなかった
遊びがはじまったり。
今日いちにちで、頭から順番に整えていく。


はしご



調整できたところで、だいたい
全体の半分くらい。
これから、まだ大きく変更していくところもある。
明日いちにちが勝負。
それだから、全体像がどこまでなるだか
たぶん本番になるまで、誰もわからない。
その現場に、大勢のひとに
ぜひ居合わせてもらいたいものです。


膝まくら


膝枕の連鎖


やっぱり、舞台が組み上がると
空間の感覚がぜんぜんちがう、大きさは
たしかにこの一週間、実寸でやっていたけど
光や装置による、高低の落差、みたいなものは
やっぱり想像よりずっと大きいスケールになっていて、
きっと、この空間に入っただけで、
お客さんもワクワクしてくるはず。
それだから、遊ぶための「場」として
この空間が与えられたのだ、っていうのは
とても説得力をもってきているし、
ここからならどこまでもいける! 感ていうのは、ある。
複数の要素があいまって、ようやっと
「遊ぶ」っていうことが、ここにきて
できてきたような感じがあるし、
そのことは明神さん本人も実感していた。
たぶん、「楽しさ」みたいのじたいが、
なんだか、初めてほんとうに感じられたかもしれない! という
そんなところのものが、あるわけで、
だから、明日、この「遊び」が
どういうふうに展開して、どこに収斂していくのか、
最後の稽古なので、いよいよ。


水




★みょうじん語録



「それぞれのパーソナリティがでてなかったぶぶんを、ここで出していきたい」


今回のパフォーマンスは、いっけん
よくわからない無機物か生物だかわからないようなところがあるけれど、
パーソナリティは必要、ではある。
というのも、たとえばあるパターンを
色々に変奏しながら繰り返したい、とか
あるひとつの対象に対して、
色んな視点をもたせて立体化させたい、とか
そういったばあいに、
いちいちを俳優に指示し、全体を
組み立てるように構成していくよりは、
それぞれに「パーソナリティ」というシステムを与え、
自発的にその多様性を構築させたほうが、はるかに楽だし
矛盾も発生しにくい。なぜかといえば
そこでとられるような「パーソナリティ」は誰もが納得できるものだからだ。
いっけん、「パーソナリティ」を与えるというのは
それだけの「自由」を与えるというふうな
印象があるかもしれないけれど、
じつはかなり合理的なシステムである、
とぼく個人は勝手におもっている。
でも、そのシステムは、冷たくはない。


今日の反省:
そろそろ野菜ジュースに頼ろうかという
なんだかそれがじぶんの弱い心のようにおもえて


演出助手・カゲヤマ気象台
  1. 2011/11/23(水) 22:34:49|
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『WæNDERING』11/22

いよいよ劇場入り!
というわけで、舞台上では着々と
仕込みが進んでおります。
衣装の工藤さんも、美術館の創作室で
衣装の最終作業をおこなっています。
いままで想像でしかなかったものが、
一気に目の前にあらわれてくる。


舞台1




スタッフさんの作業するなか、
ホワイエではこちらも最終段階の稽古。
明神さんの構成してきたイメージを
ラストまでかたちづくっていきます。


稽古1



稽古場もせまいので、
本番のように動くことができず、
だから段取りをつけていく稽古。
とりあえず、かたちづくったけれど
まだまだ、作品にはならない。
このかたちをいかに、作品として
仕上げていくかが明日からの勝負!


稽古2



それでも、なんだいって、
明神さんのやりたかったこと、イメージは
めいっぱい詰め込まれているし、
役者さんもどんどん、「ワンダリング」について
おもいおもいのものを持ってきている。
本番直前で、集中力もさらにあがり、
ますます全体で没入していくさま、
焦りやいらだちもありつつ、
でも、これやるしかない、だって高知にきているんだし
というので、もう来週には東京に戻っているのかとか考えると
なんだか、すごく不思議な気持ちがするのです
もはやすっかり高知の空気になじんでしまった
だから高知の空気の公演になるはずです。


装置



★恵篤さんの至言


「上がりがないのが、ワンダリングだとおもうんだよね」

「上がり」っていうのは双六とかでいう「上がり」で、
つまり、あるシーンを「上がり」にしたいという話になっていたとき、
恵篤さんの言ったひとことで、
つまり「ワンダリング」していくのに、
「ゴール」とか「達成」というのは、ない。
そういうものがあるっていうことは
そこに向かって歩いていたということであって、
そうやって道が決められてしまうようなもの、は
そもそも「ワンダリング」とは呼べない。
さて、それでは、明神さんは
「ワンダリング」を取り違えてしまっていたのか?
というのに、そうでもないと思う。
明神さんの言っていた「上がり」というのが、
そこに行きさえすればハッピーエンド、といったような
定められたゴール、ではないとすれば、
それはもしかしたら、思いがけず獲得した何か、かもしれないし
忘れていたけど思い出したなにか、かもしれないし
とにかくそれがどういったものかはわからないけれど、
なんらか、「ワンダリング」のなかで、
「これだ」「これかも」「これは?」と思えるような
でもそれはワンダリングしなければ見つからなかった、なにかなのだと思う。


今日の反省:

いいかげん寒いんだよ、
カーディガンの上にジャージって、
中学生じゃないんだから…


演出助手・カゲヤマ気象台
  1. 2011/11/23(水) 00:07:13|
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『WæNDERING』稽古11/21

いよいよ最終段階の稽古。
明日から、会場の仕込みもはじまります。

土曜日につくったシーンを、整理し、
さらに新しくシーンを重ねていく。
めくるめく景色をかえていくところで、
けっこうダイナミックなところもあり、
やはり、動きなど、整理するのに時間がかかる。
明神さんも、想定したより
うまくいかなかったり、
俳優さんたちも色んなアイディアをだしたり、
小さなところでつまづいたり、
ふと面白い動きが生まれたり。


稽古1


話しあいながら役者さん間で合わせていく。


神


恵篤さんは稽古のはじめのほうと比べて、
かなりの役割の変更があり、
舞台ぜんたいを支える「軸」のような
そんな存在になっています。
写真は神になった恵篤さん

舞踏で鍛えた身体性を披露。
神経の働き方がやはり、違います。
ゆったりと、「意図」を排したところから
肉体をゆらがせる。
このとき半分冗談めいて、ことさら舞踏しまくってましたが
最終的にどう明神さんが配置していくか。


ハナンムン


かなり変化をしているパフォーマンスですが、
最初から変わっていないイメージもあり、
「鬼ごっこ」のような「遊び」、
その「鬼」がめくるめく変化していくさま、
そうしてのけものにされた孤独感など、
こういったイメージは稽古のかなり初期からあり、
そのイメージをまたここでも構成する。
でも全体の骨子は変わっているから、
同じようなことでも、違うもののなかでやることになり、
どことなく雰囲気もちがって見える。


今日の稽古中に中島さんがアクシデント、
膝のあたりをちょっと怪我してしまって、
動けないでもないけど支障ないわけでもなく、
幸い出られないわけでないけれど、
今までの動きをするのがちょっと難しく。
大きな作り直しなどはせずにすみそうですが、
中島さんのポジションは大きく変わることになりそう。
しかしこういったトラブルも、
ある意味、作品をつくっていくひとつの要素になりうる。
もしかしたら、そこから何かおもしろい発想が生まれるかもしれない。
単なる妥協ではないものが、本番にはできているはずだと
そう、信じています。ぜひ見て、判断してください。
(隠しといて終わってから言うとか、かっこいい真似はしない) 



★みょうじん語録



「常に三角関係を作りながらまわってもらっていいですか」

演劇は関係性の芸術だ、とか、言う。
それはいかにも本当で、
なにをやっても、関係性というのはついてまわる。
一人で立っていたって、観客との関係性とか、
舞台美術との関係性とか、
そもそも世界との関係性とか、
そういったものから、逸脱はできない。
そんななかで、「3」の関係っていうのは、
とてもドラマチック。
(ちょっと前に、中沢新一さんが「三位一体モデル」を説いてましたね)
カラマーゾフもこぶたも三兄弟じゃないとドラマにならないわけです。
一対一から、もう一人加わったとたんに、すごい広がるものがある。
とくに今回は言葉のない演劇、
関係性はめくるめく、いろんなものからいろんなものへ
様々に、刻々と、変化し続けます。
言葉の連続性がないだけ、それはとても軽やかです。



「途中で忘れ去られるかんじ」

そうやって関係性を変化させていくなかで、
どこか、零れ落ちるものがあって、
その真空地帯のなかに、「忘れ去られる」ものもでてくる。
もちろん、それはある次元では
「忘れ去ったものと忘れ去られたもの」という関係性になるわけですが、
それでもある次元では、ふっつり切れている。
演劇が関係性の芸術であるいじょう、
その「関係性の消滅」っていうのも
おおきな魅力のひとつである、とおもう。
絶対的におなじ空間にいるのに、
関係性がある次元で消滅しているって、
こんな悲しいことはない。



今日の反省:
カップやきそばなんかより、
本当はうどんを欲していたなんてこと、
わかっていたはずだったんだ。
けど、人間はそんなに強くはない。


演出助手・カゲヤマ気象台


  1. 2011/11/22(火) 01:00:16|
  2. WæNDERING
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『WæNDERING』11/20

今日は最後のオフの日だったので、
ぼくは午前中洗濯など、ゆっくりして、
みなさん買い物に行ったり寝たりしていたようですが、
お昼ころに高知名物「日曜市」にいく


色んな野菜、漬物、干物など
あとは金物、骨董やら
雑然と並べられた市場は、
どこかいわゆる「アジアの光景」で、
なんだか日本らしくなく感じてしまうけど
不思議と妙に親近感のわく。
ゆずアイスクリンをなめながら
(高知ではいちねんじゅう道端でアイス売ってる)
自分ようのおみやげにしょうがシロップと、
おひるごはんに「田舎ずし」なるもの買った。
「田舎ずし」って、海産物ではなく
筍やらしいたけやら、使った
なんだか助六寿司っぽいものだったけど
めっちゃうまいの、しいたけとか
あと、あやしい骨董をながめて時間つぶした。


どこいくあてとなく高知市内をぶらぶらして、
いい天気、日差しも強くて
なんだか皮膚がじりじりとあぶられるよう、
セーターなんか脱いじゃいたくなるけれど、
日陰にはいるとひやりとすずしく、
だから影踏みのように、ちょっとした影に隠れたりして、
日差しにあたりすぎないように、でもときどきはあたりながら
気の向くままに歩いたりするなど。
なんだか古っぽい喫茶店で休憩、本など読み、
いい時間になったので、美術館に向かいます。


というのも、明日まで、美術館では
舞台美術の制作のまっさいちゅう、そして
ワークショップとしてその過程を体験できるのですが、
今日は照明の木藤さんが、はんぶんできた舞台装置に
光をあてて、テストするというイベントがあり、
そのお手伝いがてら、半分あそびにいくつもりで
顔をだすと、けっこうたくさんのひとたちが、きてくれていて、
なんだかにぎやかな創作室。和気あいあいと作業。


で、光に照らされた舞台装置がこちら


照明


すごいスペーシー
はてさて、これが本番ではどんなことになっているやら
ぜひぜひ、おたのしみに!


終わったあと、明神さんの後輩さん(高知在住)に教えてもらった
なんだか良い感じの店で高知の素材を味わい、
いや、野菜から魚から、ほんとおいしい……
明日からの稽古にも張り切ってのぞむ、のです



あこれ完全にぼく個人の日記ですね


演出助手・カゲヤマ気象台


  1. 2011/11/20(日) 23:15:17|
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『WæNDERING』稽古11/19

朝からすごい雨で、みんなびしょぬれ!
しかしそんなことで、めいってもいられない、
なにしろ本番が差し迫っているのだ


烏合の

壁際にならぶ一同


今日は、いままでの構造をさらに変革させて、
「さがしまわる」という軸を、細いながらも
さらに強固にする。
それによって、連続性をわかりやすく確保しようと
しかし、最初のほうのシーンから
またいっこいっこ、作りなおしていく作業なので
地道に、時間のかかる稽古。


行列



午後には雨もあがって、
洗われた、さわやかな空気に!
見学のかたもたくさん見えて、
稽古場の雰囲気も明るくなる。


らぶ



なんだかラブシーンめいている。
でもこれ、ひょっとすると、ほんとにラブシーンです!
言葉がないながら、
やっぱりそこにはいろんな物語が
浮かんでは、きえていく。
しかもそれは、こちらから与えるというよりは、
お客さんのなかで勝手に想起される、
物語のようなもの。
まあこちらが仕組んでいることは確かですが、
「勝手に」「自発的に」「後づけで」表れる物語、は
物語というものの本質にせまるようなもの。
「物語」というのは「すでに知っているあるパターン」であり、
もはや汎世界的に通じる言語みたいなものだし。


よこに



明日は稽古はオフ。
月曜日からはほんとうに本番にむけてになる。
ワンダリングはそう簡単には終わりそうにない。



★みょうじん語録



「行ける、っていう姿勢で、いつもいる」

一回、休んだもの、とぎれたもの、が
また動くのはとても大変で、
単純に、横になった姿勢から
立ち上がるのって、けっこうめんどうな
プロセスをふまなければならないのだけど、
でも、「いつでも行ける」っていう体勢を
ずっとキープするってのも、また大変なのだ。
それからはかなり張り詰めた集中力の世界。
こんかい、役者さんはずっと「行ける」っていう体勢でいます。
その、はりつめた空気のなかってのを、
是非、お客さんには体験してほしいなあと



「その胡散臭さは、なんか、活かしたい」

(けっきょくボツになったけど)
ジュニョンさんのポーズがとても胡散臭かったので、
それについて明神さんが。
「胡散臭いちから」というのは、すごいのだ。
しかも、演劇における、「胡散臭いもの」っていうのは、すごいのだ。
なんでかというと、演劇のばあい、その胡散臭いものから、
逃げることはできない、たいてい目につく場所にある。
しかも、それは胡散臭いながらも、
しっかりとそこに「存在して」しまっている。
つまり、「あるべくして」あってしまう、
ないしは、「ありえなくも、しかし、そこに存在してしまっている」
という不条理さが、逆にその存在を強固なものにする。
そうなったら、それは自分の存在にとっては非常に許しがたい異物だ。
なぜなら、その胡散臭いものによって、自分の存在そのものが
なんだかよくわからなくなって、見失ってしまうから。
きみはその、存在の耐えられない胡散臭さに耐えることができるか。
まあけっきょくボツになったけど



今日の反省:
たまごは一日一個が理想です。


演出助手・カゲヤマ気象台
  1. 2011/11/19(土) 22:34:26|
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『WæNDERING』稽古11/18

今日は、舞台監督の寅川さん、美術の杉山さん、
美術補佐の福島さん、そうしていったん東京にもどっていた
木藤さんも高知に到着。
つくってきたものを通して見せたり、
色んな機構について、打ち合わせしたり
いよいよ本番のちかくなったかんじ、
それでもまだまだ問題やら、いろいろある!


はなしあい


話し合いをする一同。


スタッフさんたちの感想もいただきつつ、
今までつくってきたものを、さらに見なおしたり
構成を変えるなど、また工事をいろいろ。


先日の、リニアやら、ノンリニアやらいった話は、
だいぶ変わってきていて、
今、なにか「大きな存在」が強く、担保としてある感じになってきた、
だからどのシーンも、それを中心にしての
「風景」ていうかんじになってきていて、
ぜんぶがそれとの距離感のなかにある、というかんじにおもう。
だからこそ、構成していくのに、
見せ方としての技術が必要になるし、
今日の稽古でも「いかに見せていくか」の
ことについて、だいぶもちあがった。
いっけんばらばら(非連続)のように見えるかもしれないけど、
じつはそうじゃない、抽象絵画のようだけれど
ある意味では写生のように、「消失点」が存在している。


今日もまた、明神さんのお父さんがいらしてくれて、
高知の名産みかん! をいただくわーい

みかん

そして見学のかたもたくさんいらしてくださいました。

みなさんといっしょにいただく休憩時間。

みなさん

産みの苦しみを共有しているようであります。

稽古場での稽古期間としては、のこすところあと2日!
それからは、いわゆる「劇場入り」。美術や音響、照明を実際に組んでいくことになります
そろそろ、着地がみえてきたい、けどまだわからない、
見ている側としては非常にスリリングな「ワンダリング」、
本番でようやくぜんぶが完成するんだとおもう!


★みょうじん語録


「女性たちの戯れ、とか、心の安らぐ楽しいシーンがあってもいいとおもう」

ずっと稽古をみていて思うのだけど、
この作品の主体というのは、わりと
「男性」が獲得することがおおい、けど
その男性を動かしたり、
とても強い影響を与えるものとして、
「女性」が配置されている。
男性は女性によって、誘われ、惑わされ、
また見守られ、ときに裏切られる。
そこでは女性はわりと「外側」に
おかれることがおおいんだけれど、
明神さんのほんとうに描きたいもののひとつが、
そこでみえる「女性性」なんだろうなと感じる。
男性主体で、女性が外側っつっても、
チャンドラーのハードボイルド小説みたいに
不可解なものとしておかれているんじゃなくて、
まあ明神さんじしんも女性であるし、
なんだかかろやかで魅力的な、
言ったら女神みたいな存在で、
ほら、ギリシャ神話でいえば、
女神が美を競い合ったせいで戦争も起きた、
そんな雰囲気のある、大きな存在としての、
女性みたいなものなんだろうな、とか、おもう。



今日の反省:
ほんとうに高知の訛りがうつってきた
中途半端に言っては怒られるきがする


演出助手・カゲヤマ気象台


  1. 2011/11/18(金) 16:22:00|
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『WæNDERING』稽古11/17

だんだん本番の日程から逆算して稽古をしていく、
いよいよ、最終段階になってきています。
今日も本番とおなじホールでの稽古。


稽古


朝からの稽古が続いて疲れもみえているけど、
そのぶん稽古にうちこんでいるようでもある。
またまた濃厚な毎日。


パフォーマンス上、おおきな転換点のシーンをつくっているので、
どういうふうに見せていくのか、
これからの展開も視野にいれつつ、慎重につくる。
しばしば壁にもぶちあたって、
いろいろ試行錯誤の末、
やっぱり今までのことを打ち壊す、なんてことも。
決してすいすいと作れない、
にじりにじりと、組み上げていくような、
安心のできない作業。


柱


ところで、衣装の一部をまた公開!
この柱めいたものは一体……?


マント


変幻自在のマント!
柔かい素材で、いろんな印象の変化を
お芝居に与えていきます。
これもまだ試作の段階。
もしかしたら色など変化するかも。
こないだ公開したものとあわせて、
衣装の完成形は、ぜひ劇場にて!


これからどんどんパフォーマンスのイメージを
ふくらましていく作業になるので、
明日もぜんぜん油断のできない、勝負がかった稽古。
この作品がどこまでいけるか、
ここ数日が勝負です。


稽古後、みつけた韓国料理屋さんでチゲ鍋&サムギョプサル!


サムギョプサる


じゃっかん日本風にはなっていたものの、
やっぱり韓国の俳優さんがみょうに生き生きと。
いろいろ韓国の話などきくにつけ、
行ってみたいーとか、思うよ
辛かったが、うまし。

明日もまた、高知に到着するスタッフさんなど、いて、
舞台美術も制作にはいる。
日に日にすてきになっております。
ぜひとも目撃してください!



★みょうじん語録



「左右対称じゃなくて、ふっとくずれた感じが、とても美しい」

先日の杉山さんのワークショップで、
石元泰博さんの撮った桂離宮の茶室に話が及んだとき、
和室にある「違い棚」というもの、
シンメトリーの、バランスのとれた美ではなく、
どこかでバランスが「くずれている」もの、
そのくずれたバランスでぎりぎりで成立しているもの、
そういったものこそが美しいという思想がある、と
そんなようなことを杉山さんがおっしゃっていて、
なるほど、そういう感覚っていうのは
たしかに日本的だ、と
和歌の奇数の文字感覚は、
たとえば14行詩とか、漢詩にくらべて
バランスのくずれている、落ち着きはないし、
「序破急」という展開に「結」はない。
今回のパフォーマンスでも、
キーになる「五文字」の言葉をつくりたいと、
明神さんもいっていて、
だからそういったことも、
いろいろと入ってきているのだとおもう。



「同じ生き物なんだけど、それぞれに動いていて、自由に見える」

いっけん、なんだかよくわからない言葉ですが、
つまり、人間である俳優が、
なんだかべつの生物になろう、といった場合に、
身体になんらかの制約をくわえる、ことになる。
だから単純に考えればそれだけ、自由というのは失われることになって、
それでも、自由というものが必要だ、となった場合に、
いったいどこに見出すか、というのがある。
けど、たとえば、なんにもないで舞台上にあげられてしまった人間より、
悠々とそこに、動きに制限はありながらも、
各々存在できているもののほうが、
なんだか「自由である」という感じがする。
舞台上にはさまざまな力がはたらいていて、
失敗してしまうとその力のなかに、不自由にしかいられない。
けどその力に対してうまく、存在していれば、
単純に「好きに動いてよい」「何でもしてよい」とかいった、
生活のレベルで想像する自由のようなものではなく、
たとえ、じっさいには動けないでも、
また違った次元での「自由」なるものが、表れうる、
そういった瞬間ってのは舞台のおおきな魅力であるとおもう。


今日の反省:
大事なのはね、気持ちだよ


演出助手・カゲヤマ気象台


  1. 2011/11/17(木) 17:38:25|
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『WæNDERING』稽古11/16

朝晩などはだいぶん寒くもなってきました。
が、日中はやはり春めいた天気な高知です。


さらにシーンを積み重ねてつくっていく、
昨日つくったシーンから、
さらに上の次元にうつしていく、
パフォーマンスもなかばにさしかかっているので
おおきな転換、変化をつくる、そんな作業です。


旅人


今日はホールが夜は使えないので、
昼間のあいだしか稽古はできない、
短い時間で、集中して作っていきます。


ハナさんあるく


さらにひとつ次元をあげる作業と、
その上がった次元でシーンを構築していく作業。
新しい地平がみえたところで、
そこがいったいどんな世界なのか、
どんなことができるのか、というのを探っていく。

しかし、その上がった次元、のなかで
どんなことができるのかというの、
まったくわからない、というわけでは、なく、
やっぱり今までやってきた、
本番では採用されることはなかったけれど、
作ってきた様々なシーンが、
下地にはなっているようで、
そこでの「言語」のようなものは
もうみんなのなかに、すでにある。
ただ、再構築されることで、雰囲気やら
その風景じたいは変わっているけれど、
どこか根っこのところで、
ある共通感覚のようなものは、
やっぱり建築されているのだなあと
そんなことを感じる。


コップ蹴り


休憩時間。
コップで「蹴鞠」のような、
これは韓国の子供がよくやる遊びで、
役者さんのアップなんかでも
しばしば行われるらしい。
ちなみに、コップをふんずけてしまうと
みんなにアイスをおごるというルールがあるらしく、
中島さんは無念、その罰ゲームをうけるはめに


稽古後は、先日の鰹タタキのおいしいお店、
「藤のや」に役者さんみんなで!


鰹


この顔!

なんにせよたまらん、
おいしい食い物のパワーで
明日はちょっと長めの稽古、
やりきるぜ、みたいな気概で
このあと何人かの役者さんはカラオケにいった


★みょうじん語録


「新しいのと懐かしいのが同時にあるような」

「過去はいつも新しく、未来はつねに懐かしい」とかいう言葉がある。
ふつうに考えれば逆だ、しかし、
この逆説も、なんだか説得力をもって感じられるのは、
やはりそこには、なんらかで転倒してしまうような、
ひっくりかえってしまうような力が
そもそもあるからではあるまいか、とか、おもう。
我々の存在なんてものは、「未来」から到来するものによって
先行的に規定されているのだ、とか、いえば、
その未来なんていうものは、自分の存在そのものの基板なのだから、
なんだかなつかしい。て、感じる。
たとえば「死」によってこそ存在があるのだと考えられて、
そうしてそこでは、「死」はなぜかなつかしい。
ふつうの時間の流れからいったら、そんなもの体験しているわけないのだけど、
存在そのものにとっては、なつかしいものであったりはするわけだ。



「螺旋状に、上の次元に登っていく」

「螺旋」っていう考えが、なんだか
四つの季節を、繰り返しながら
歴史を積み重ねていく構造だな、とおもって、
そこでは、同じ春はにどとなく、
毎年、ちがう世界にいるような、
そんな感じがするのだけど、
今回のパフォーマンスは、もしかしたら
「歴史」のようにも、みえるかもしれない。
だからたぶん、その終りには
始まったときには戻れないし、
だから最後には旅だたければならないかもしれない。



今日の感動:
夕陽がきれいだった


演出助手・カゲヤマ気象台



  1. 2011/11/16(水) 16:21:26|
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『WæNDERING』稽古11/15

ホールでの稽古ふつかめ。

朝10時から稽古開始。
もうこの空間に身体がなじんできたかんじ。
まず、昨日つくったシーンをブラッシュアップするところから。

余分なところを削いだり、不自然なところを修正したり
いろいろつまったりもしながら、アイディアをだしていく。


能舞台


うしろの能舞台はセットではありません、仕様です


そうして新しいシーンも徐々に。
「波」の流れから
さまよう「旅人」が
ちいさな「光」をみつけるイメージ


波



「光」ていうのは、今回の重要なキーワードで、
「光」をもとめて「ワンダリング」している
まだその「光」のイメージというのは明確になってはいないけれど、
なんとなくかんがえるに、
子供のころ、なんだかくだらないがらくたが異様に大切だった、
小説のページのなかでなんだかその一文だけが他とちがう、
買い物をしていて、雑貨屋などで、なんとなく気になって、
気がつくとそれ以外まったく買う気などなくなる、
そんなかんじのとき、それが「光ってる」ようにみえて、
そんなふうに、論旨展開を一足飛びにこえて
「これだ!」と、なるもの、なんじゃないかなとおもいます。
でも、最終的にどうなっていくか、なんて、わからない


旅人


さて、これ、ご存知のかたいらっしゃいますか?


花しゃぼん


「花火棒」あるいは「花しゃぼん玉」というおもちゃで、
回すと、花火だったり、しゃぼん玉にみえたりする。
照明の木藤さんがワークショップのために買ったもので、
「今回のイメージとぴったり」ということで明神さんが持って来ました。
なんだか不定形にぐにゃぐにゃと動くさま、
まるで世界がごにゃごにゃと形を変えるようです。
(でもそれは回転することの、目の錯覚にすぎず、
止まれば、ただのリボンの束にしかみえない。)
不思議なかんかくに、俳優のみなさんも釘付けに。


今晩からホテルを移動、
あたらしい住まいの感覚で、
本番にむけて気持ちもたかまる。
明日も朝から稽古なのでわりとはやおきです


★みょうじん語録



「石にはずっと、波と遊んだ記憶が蓄積されている」

このあいだ、高知の海岸をあるいていて、
場所によって、石のおおきさがちがったりする、
あるところはサラサラの砂だし、あるところはおおきめの砂利で、
ずっと海に沿って歩いていると、
ああ、このかたちっていうのは
何年も何年もかかって波がつくりあげたんだなと
そんな感慨にも、打たれるのです。
波をながめていると、ちょっとずつちょっとずつ、
小石をさらって、引いていく。
なんどもなんども波に弄ばれる小石をみてると、
石ってのは旅なんてしないようにもおもえるけど、
じつはすごい旅をしているのかもしれない、とか、おもう



「二人が回るの、うまくなりすぎてですね、どっちかにしてください」

なんか、うまいもの、きれいなものばかり追いかけていても、
べつにそればっかりが魅力的なわけじゃない。
むしろ、「うまいもの」なんて、あまり求められないんじゃないかって、
そんなふうには、おもう。

でも、「うまいもの」にならないように、
あたらしくつくった形式でも、
なんども反復されると、
やっぱり「型」のようになって、
「うまい」「へた」がでてくる。
日本の演劇史でいったら、
アングラのムーブメントなんていうのは、
今までの「うまい」を破壊する身体性をもっていたとおもうのだけど、
いつのまにかそれをできることが、
「うまい」とかになってる部分、あるところでは、あるとおもう。
「うまい」を追いかけていると、古典芸能になったり、
ある種「おけいこごと」になるのだと、おもう。


今日の感慨:
ホテルの枕元のラジオの、
なんだろう、あの、ノスタルジックな


演出助手・カゲヤマ気象台


  1. 2011/11/15(火) 21:45:35|
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『WæNDERING』稽古11/14

いい天気が続いております。

今週は、なんと会場として使用するホールで
一日中稽古ができることになり、
朝から県立美術館にみんなで移動。
本番と同じ空間で稽古! ての、やはり気持ちもひきしまって


会場


そして、今日はまた
いままで作ってきたシーンを一旦捨て、
またあたらしく作りなおすことから始まりました。
高知に来た直後にもしたように、これで二度目のリセットです。

でも、それは完全に振り出しに戻ったのではなく、
いままであいまいになっていた部分を、きちんと抑えながら、
しっかりと、作っていくような新しい作業。
より明確になったイメージの下で、
役者さんたちも迷いなくパフォーマンスしていく。


そうして、今日、スタッフさんたちもぞくぞく到着!


スタッフのみなさん


衣装の工藤さんが切れてしまった。


先だって高知入りしていた照明の木藤さんと、
奥にいるのが音響の尾林さん、音楽の木並さん


衣装も到着!
(本邦初公開)


衣装をきて


不思議なフード、
だけれど、これはまだ途中の段階。
本番のときにはまたひとあじ違ったかんじになりますよ


稽古にあわせてその場で音楽が、
尾林さんと木並さんの連携で流れ、
それがひろい空間もあいまって
役者さんたちの動きのなかに
宇宙的な大きさがすっとたちあらわれる。

昨日までの稽古で作ったシーンは、
合計で15分程度のものでした。
けど今日は一日の稽古だけで、
20分ものシーンをつくることができた。
今までの稽古ではなかった感覚に、
時間の流れるのがとても早く感じられる。
あっという間に稽古おわりの時間。

稽古後に明神さんも
「このいきおいでいく」などと
たのもしいことを言っていて、
また明日からの稽古が楽しみに。
いよいよ追い込みです。


これは工藤さんのさしいれ!
おいしかったー。


工藤さんのおみやげ


ほいでもって、スタッフさんの高知訪問を記念して、
稽古後に打ち合わせと称し、スタッフさんみんな(+日下部さん)で
高知のちょうおいしい鰹たたきのお店「藤のや」へ!
俳優さんにはないしょ


タタキ



(いや、作品の話だってもちろんしましたが)
いや、これは、ほんとうにやばい!
ちなみにこれは塩でいただく、塩たたき
こんなものを食ってしまったら、
東京で食う鰹なんて、まがいものの、ゴムけしみたいなもんだ

俳優のみなさんも、こんど絶対いきましょー



★みょうじん語録


「みんなの中のアジア人のDNAが、ふっと」

アジア人ということで、
どれだけのことを共有できるのか、
そんなことはよくわからず、
「アジアというアイデンティティー」なんてものは存在しない、なんて
そんなことも言われたりするけれど
(そうして、それに個人的にはわりかし同意するけれど)
DNAレベルでは、信じることだってできるし、
すくなくとも舞台上に表現することはできるかもしれない。
突き動かされるものはなんだかわけわからないほど
なんだか興味深くなったりもする。



「みんなの中で音が変わって」

そう、なんだか中で、音がなるときはある、
それはまあ、「トカトントン」かもしらんし、
赤い実のはじける「パチン」という音かもしらんが、
これも上のと同じような、
なんだかわからない、ある衝動の
きっかけとしては、じゅうぶん面白いほどに、不可解だ。
昨日の木藤さんのワークショップでもないけれど、
じっさいは音ではないかもしれないけど、
「トカトントン」という「音」でしかない、
そういう感覚っていうのは、しばしばある。



今日の反省:
写真みてたら、
おれ、人間より、食べ物のほうが
よっぽどうまく撮れてる


演出助手・カゲヤマ気象台

  1. 2011/11/14(月) 18:12:27|
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『WæNDERING』ワークショップ11/13

今日は日曜だったので、オフ!
役者さんたちは五台山の植物園に行ったり、
歴史ある日曜市に行ったり、
また香川の金比羅まで遠出したり……
ねてたり
おもいおもいの休日を過ごしていたようですが、
美術館では照明家・木藤さんによるワークショップが行われました。


教室


はじめまーす
舞台照明のワークショップというと、
どういうふうに照らすんだとか、
どういうふうに見せるんだとか、
そんなことをやりそうなイメージがありますが、
まずは「ひかり」「あかり」とはなんなのか、
そうしてなんだか「光っている」ものをさがしにいこう、などと
かなりアクティブであり、
さっそく野外にでていく


外にて


いい天気です。


ぶらぶらと歩きながら、
どんなかたちでもいい、
「光」を感じるものを探しあつめ、
そこにさらに想像力を発揮して
「物語」を付与していきます。
ひとによって着眼点はさまざま。

(ちなみに横のグラウンドで、
野球をしていた、日曜らしく。
あれも「青春のかがやき」かもしれない、とか
はずかしくっていわなかったが
誰かしらそんなことも、考えただろ)


教室にもどって、班にわけ、
「共感覚」をテーマに、
さまざまな感覚の変換に挑戦する。
「共感覚」っていうのは、
ある文字がある色に見えるというふうに
違うはずの感覚が、対応してしまうこと。
絶対音感もその一種らしい。
先日の杉山さんの、舞台美術ワークショップでも
そのことは採り上げられていましたが、
今度は「絵から食べ物を想像する」
「絵からにおいを想像する」など
また違う横断のバリエーションをつかっていく。

ひとしきり教室でやったあと、
また教室をとびだして、
今度は美術館の展示を、おもいおもいめぐり、
先日の記事にも書いた通り、いまは
石元泰博さんの写真展をやっているのですが、
その特定の写真から「光」をみつけだし、
それを「音」に変換して、
さらにその「音」をひとつのライト(ランタンみたいな?)として表現する、
という、そんな複雑な変換作業に!


制作


丸型のライトに、
紙やセロファンなどを切り、貼って
オリジナルのライトをつくる。
色、かたちなど、ひとそれぞれに


つけると


明かりをつけると。
きれー


そうして、いままでやってきたことを参考に、
それぞれ持ち寄った物と、
いろんな照明器具をつかって、
その写真から感じ取った「音」を
あるシーンとして作ってみる、という
なんだかだいぶ舞台照明に接近するグループワークに!

それぞれの班ではなしあい、
ああしよう、こうしよう、などと
いろんなアイディアがいろいろ、とびかい
様々なおどろきがちらばる、そんな作業


パフォーマンス


発表のようす。
「見立て」「幻影」などで
想像力の力もあり、いろんなものが
めくるめく現れていく。


最後は、今回の作品の肝となる
「ソングライン」をたよりに、
公演のあるホールの廊下、に
それぞれの自作したライトを並べ、
それらのあいだを、これまた今回重要なモチーフである
「和紙」でつないでいく。
最初から参加していた中島さん、
途中から加わった日下部さん、あやこさん、ベクさんが
その「ソングライン」をくちずさみ、
それにあわせて参加者のみなさんも
なんとなく後をおって、
そのメロディーが「導きだす」ように
各々ライトを配置していく。


みんなの作品


最終的には廊下はこんなようすに!

今回参加者のみなさんが作った、光の「流れ」のようなものは、
本番のときも、会場までの道のり、
お客さんの足元を照らす明かりになります。
といっても、今日置いたもの、そっくりそのままにはいかないのですが、
その「つくり」「流れ」は、最大限生かしつつ、
パフォーマンスの前の、とても重要な場所に配置されるので、
当日お越しになるかた、その明かりのありかたなんかも
ちょっときにかけて、いただけると
とっても幸いです。
参加者のみなさま、ありがとうございました!


演出助手・カゲヤマ気象台


  1. 2011/11/13(日) 22:41:11|
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『WæNDERING』稽古11/12

あいかわらず、高知は暑い!
今日だって、昼間は半袖で過ごせるほどの陽気。
南国土佐。こんなところに育ったら、そりゃあ人格にも影響がある。


今日は本番で使う、「和紙」が稽古場に届きました!


和紙がきました


やっぱり思ったより強く、
質感もすてきで、音もおもしろい。
稽古場ではとりあえず一部に敷いているだけですが、
これが本番で、どんな空間になるか。
たぶん、びっくりするようなことになっているので、
どうぞ、おたのしみに……


そうしてまた、稽古をかさねていく。


もてあそぶ


今日つくったぶんで合計、15分くらいのパフォーマンスになりました。
やはり最初のシーンだけだと、どうしてもミクロなものしか見えない。
今日つくったのでやっと、構成とか、マクロなものの
視点みたいなものが、みえてきたかんじ。
これがこれからどれだけ、ふくらんでいったり
最終的にどういうところまで到達するのか、
具体的な道程ができつつある。


今日のパン


パン


この黒いの、なんと、あずき!
和洋折衷、シブくてうまい


食事


休憩時間中のワンショット。
すきな音楽のはなしで盛り上がったり


なやむ


なんだかみていると、二種類の作り方をしているように思って、
それは、リニア(線形)とノンリニア(非線形)というようなもので、
リニアのところは、文脈、関係性が構成されていて、
絵画でいう「消失点」のようなものというか、「焦点」がわかりやすくあり、
つまり、何をみるべきか、というのが、定まっている。
対してノンリニアのところは、価値体系のようなものがなく、
舞台上のどこでも見ていいし、何かを読み取ろうとおもっても
その前後関係に明確な関連は、なかったりして、
ただ、なにかの「環境」のようなものが
そこに展開されている。

もちろんこれはぼく個人の勝手な見方で、
そういうふうな捉え方をしなくったっていいし、
これから作っていくうえで、そのあり方は変わってくるかもしれません。
でも、もちろん、リニアなつくりというのは、わかりやすいし、
それがないととっちらかってしまう、とくに
今回コンセプトとしては明確な言葉が作られていくし、
演出家が完全に主権を握るのではない、共同制作においては
ある「焦点」「文脈」がなくてはならない。
正直にいって、いまのところ
そういうシーンのほうが面白く見てしまっている。
けど、この作品において、いちばん重要な部分は
やはりノンリニアのところにあるのかもしれない、とも思います。
作品全体でみたら、それはノンリニアなものになっていくんだろうと

それはなんでかというと、
この作品が人間よりも大きなものを目指しているからで、
やっぱりしっかりした文脈のある構成というのは、
ある人間の、たとえばひとつの「人生」を追うような、
感情のあるひとつの「主体」を浮かび上がらせるためには
有効だったりするのですが、
今回はそれらを超えて、生命の営みのようなもの、
そこでは、どんな生命体かというようなことは
捨象されて、「生命」という抽象存在になっている、
そんなもののありかたを表現しようとしているので、
そこではノンリニアなもののほうが親和性はある、と思います。

もちろん、演劇においては、時間軸は基本的にひとつで流れているし、
そこを観客も、俳優も、演出家もスタッフも、共有しなくてはならないし、
とくに先述のとおり、演出家が絶対的な創作の先導者ではないから、
よけいその共有の作業は重要になってくるとは思うのですが、
最終的にその、リニアとノンリニアのありかたが
びっしりと決まったら、すごく面白くなるかもしれないなと、
ただの助手という立場ですがえらそうに思っています。

でも、稽古が進んでいくにつれ、
あ、やっぱ違う、こないだ言ったことはなし、
なんてそんなことになる可能性もある。
今日のところの雑感です。



★みょうじん語録


「水面から魚がはねるきらめきのように、
関係性というものがお客さんに伝わるといい」

以前の、「何をやっても物語が生まれてしまう」というのに
通ずることばだと思いますが、
排除しようと思っても、何らかの関係性というのは生まれてしまう、
そこを、お客さんが、水面の魚のきらめきのように見出す、
というのは、たしかにひとつのよろこびかもしれません。
でも、そこをたとえば、
ある消費される物語として「利用」してしまうのか、
(その場合、想定される物語は共通のものでなくてはならないし、
だからお客さんが文脈を共有している必要がある)
それともある種類の女の子が特定のシチュエーションに
いつまでも妄想のなかで物語を広げていってしまうみたいに
お客さんの中で育てていくようなものにするのか、
(この場合はその具体的な「物語」はそれぞれ違っている)
っていうようなところで、いくつかの態度というか、
同じ「物語」という言葉でもニュアンスの違いは、あると思う。
(たとえが悪い気もするけど)
たぶん今回は、どちらに限定することなく、
両方、いろんな形で、使われることになると思います。



「横になるとみたことのある、おじさんにみえる」

これは点の打ちかたに悩んだ。
その「おじさん」はある特定のおじさんで、
明神さんが過去にみた具体的な誰か、
たとえば子供のころ隣に住んでいた武田さんのことなのか、
それとも誰かとは限定しないが、
なんだか既視感のある、おじさんめいた存在のことなのか、
そのどちらかは、はっきりしないが、
「みたことのあるおじさん」と言われて
あんまりいい気持ちはしないものだから、
横になるのはやめたほうがいいのであった



今日の反省:
今日にかぎらずだけど、
セーターとかまじいらない。
コートとかなおさら


演出助手・カゲヤマ気象台


  1. 2011/11/12(土) 20:14:53|
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『WæNDERING』稽古11/11

お天気雨のふるなかで、
稽古のはじまりました。
だんだん本番も近づき、
稽古場の雰囲気もシビアになりつつ。


稽古1


舞台美術の杉山さんから、
図面をいただいたので、それに合わせて
稽古場の床にテープを貼る。
できるだけ実際の舞台をイメージしながら、
ここでなにができるか、模索していく


稽古2


今日はいちにちつかって、
最初の十分くらいのシーンまでつくりました。
それでも、やっと、みていて
「はじまるぞ」って気持ちになれるくらいの時間。
ようやく最初のとっかかりをつかめたところ、というか。

なんだか、いままで稽古してきて
様々に漂っていた、塵のようなものが
底のほうでだんだんと、
いよいよ実際のかたちとして結晶化していく、
そんなイメージ。

でもだからといって、
けっして「調子づいている」という感じでもなく、
だからこれから先はどうなるか、
まだまだわからない緊張感のようなものは、
ずっとみなぎっている。


パン


稽古場ちかくのパン屋さんの
めんたいバゲット。ちょうおいしい


あ、そうそう
今日も、屋台のメロンパンやさんと親しくなったり、
先日仲良くなったたこやき屋の奥さんが
稽古場にもあそびにきてくれたり、
飲み屋でとなりで飲んでいた集団とわいわいやったり、
高知にきてから、そういう
偶然の出会いのようなもの、
たくさん、生まれている。
ひとと会って、演劇をつくるっていうの、
やっぱりすてきな、もんですね


来週から、会場での稽古もできるようになって、
いよいよ、時間との勝負、のようには
なっていくとはおもいますが、
いろんな偶然を味方につけるしかない面もあり、
だとしたら、どうやっていい偶然を呼び込めるか、
偶然の発生するための「場」を作れるか、
うまくいけば、あとからいろいろ面白くなるような、
つまり、なにかを「目指して」表現するんじゃなくて、
やってみたところで面白さが事後的に発見できるような、
そんな作品になるんじゃないかと、おもいます。

(って書くと、なんだか悪いイメージもありますが、
 そういったものが発生しそうな雰囲気、じたいが
 創作の一環ではあって、
 そういったものがうまく機能すればいいな、と)



★みょうじん語録


「あの人は日本人、あの人は韓国人ってわからないようにしたい」

やっぱり、「あれは誰だ」っていうのが、
疑問としてはよくつきまとって、
それがわかると安心する、という
そういう部分はあるけれど、
でも、それだとどうしても、
ある文脈にとらわれることになってしまう。
特に今回、もしかしたら、日韓の対比、のような形で
見られるような可能性もある。
でも、おそらく今回、そういうものよりは、
もっと、それらの境界を「越える」ようなもの、
日本語とか韓国語とかいう「言葉」ないし
それぞれの国のもつ「文脈」でないところで、
抽出される人間のありかた、みたいなのを
(まあもしくは人間ですらないのかもしれないけど)
追求するような、そういう試みになっているとおもうので、
ほんとう言ったら、日本人でも韓国人でもなくても
かまわない、かもしれない。



おまけ写真:

通訳のジヨンさんがいつのまにか撮っていた

作業

えっ中島さんとベクさんがらぶらぶしてる

そしてぼくは髪をきったほうがいい


演出助手・カゲヤマ気象台


  1. 2011/11/11(金) 20:10:38|
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『WæNDERING』稽古11/10

なんだかぐずついた天気だけれどまだ雨はふらない。
色んな天気を経験すると、この土地で生活しているんだなという感慨がある。


なんと今日はスペシャルゲスト、
明神さんのおとうさんが稽古場に。
高知の名産ゆずジュース「ごっくん馬路村」と
みかん、チョコレートをいただきました!


いただきもの



これ、ごっくん馬路村、ほんとううまい。
高知にきたらぜひお飲みください


そうして今日のフィールドワークは、
公演の会場にもなる、県立美術館。
石元泰博さんの写真展をみんなでめぐる。

http://www.kochi-bunkazaidan.or.jp/~museum/contents/exhibition/exhibition/2011/ishimoto/exhibition_2011_ishimoto.html


美術館をでて


杉山さんのワークショップでも、この展示は
取り上げていたけれど、
ゆっくりみる時間はなかったので、
あらためてじっくりみていくと、
線や構図のおもしろさだけでなく、それぞれの対象物が、
どういうふうにそこに「あるのか」とか、
たしかにそこには「聖域」の雰囲気があるのだけど、
それがどこから立ち上ってくるのか、とか
そんなことを色々と発見できるようで、
たしかにそこには、カメラの眼と鑑賞者の眼の、二重になっている、
そのあいだの屈折でみえるもののなかに、
対象物が能動的で「なく」あらわれていて、
でもその能動的で「ない」なかでのありかた、かたち、に
どことなくこちら、鑑賞者側、がバランスを崩される。
そんな感覚を味わって、
その崩されたところに「聖性」みたいなものがはいってきているように思う。


土佐電


路面電車「土佐電」。
たまらない遅さとゆるやかな時間。


ラブラブ


おもわずベクさんも恵篤さんによりかかる


で、「視点」の問題っていうのはそのあと稽古場でも
また採り上げられていて、
つまり、カメラはすでにひとつの視点を確立しているけれど、
演劇の場合はそれがない。
観客の数だけ視点っていうのは存在するし、
しかも今回、演出上、かなりいろんな「視点」が
存在することになるだろうから、
それらをどういうふうに扱うか、というのは
じっさいまだみえない。
それは本番で様々な発見と共に立ち現れるものかもしれない。


オープニングさらに


稽古して、またひろめ市場で飲み、
また明日!


★みょうじん語録


「あ、私、上品すぎたな」

「その動きはたくさんの棚のあることを表現したんですか」
「いや、障子をやぶってたんです」
というやりとりののちのひとこと。
じっさいそれが何を表現しているかというのは、
そのひとの意図、とか、そういうの、
あんまり関係ないというか、どうでもいいですが、
そこに何を見出すか、というの、
人によってはすごい下品でもいいし、
まあ上品であってもいい。
先日の石踊達哉さんの展示をみたとき、
ある作品について、なんだか僕はインドとかのヨニ、つまり
女陰、のようにおもったのだけど、
まあほんとうはそれは輪廻の輪をあらわしていて、
言うたら、ぼくの想像は下品なものだったのだけど、
まあそういう想像も、なんだってあっていい、みたいのだと
いいよねーとかいうのは、思う。



「子供のころ、歩いても歩いても月がついてくる感覚っていうのはありましたよね」

ものすごい距離っていうのは、不思議な感覚を与えて、
月とか天体っていうのはその典型だ、とか、思うけど、
色々知識を得たって、なんだいっても、
そういう体験から、なにかが形成されているっていうのは
ぜんぜんあるようなはなしで、
もしかしたら、そういうような
根源の体験こそ、ワンダー、というか、
なんだか知れないような体験かもしれないな、と
そんなことを思ったりする。



おまけ写真:
おとうさんの体をほぐす明神さん

体をほぐす

きもちよさそう。

演出助手・カゲヤマ気象台


  1. 2011/11/10(木) 20:10:02|
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『WæNDERING』稽古11/9

ホテルの朝食の時間が決まっているから規則ただしい。
こんな生活サイクルで東京でも過ごしていたい……

今日は明神さんもたびたび言っていた、
高知の「海」についにみんなで行きました!


到着


到着。


バビル2世てきに砂浜をあるく一同(違うか?)


バビル


テトラポットとかみるとのぼりたくなる、
男子の本能がここで発露。日下部さんとジュニョンさん


テトラポットに


砕ける波、そうして小石がさらわれていくさまなど、
大陸をも形成する「海」の力学、みたいのが
あらためて感じられる、太平洋の波打ち際


ジュニョンさん


ナマ足がセクシー


天気はそれほどよくはなかったけど、
歩いてくぶんにはよかったかもしれない。
みんなそれぞれ、考えたり、感じたりしながら、
思い思いに歩いていたようです


そうして稽古場に戻って、
またその感覚を動きにしていく。
やはりいつになく、大いなる「海」というものに
生まれるアイディアも様々。
もしこれが「海」というものの、ただの想像からだったら
画一的なものになっちゃうかもしれないけど、
じっさいに身体で味わったものから
生み出されたものだから、すごくユニークになる。


そうして改めて、昨日とっかかった
オープニングのシーンについて、作っていく。


ハナさんが中心


なんだかこの段階になって、ようやく
今までやってきたことが形になったような、
はじめての「実感」めいたものが生まれてきた。
なんか、色々やってきたけど、
やっとはじめて「始められるんだ」というかんじ。
もちろん今までのことが活きていて、
だからこそのシーンなんだけど、
いよいよ「作品」になっていくぞ、というかんじ。

あ、稽古場はいつも解放しているので、
その生まれる現場、ぜひぜひ、目撃してください。
今日も来てくださった人がいて、
けっこう誰かしらいるかんじです。
んでツイッターでのハッシュタグ#pocarineも是非活用を。
フィールドワークでどこにいるとか、
これでリアルタイムで知ることもできるので!
稽古場にきた感想なども、これつけて、どうぞ、お気軽にー


あと、稽古あとにそのへんで(ひろめ市場などで)
よく飲んでいるんで、是非、話しかけてください。
日本語と韓国語が入り乱れる団体があったら、
それはけっこうな確率でぼくたちです。



★みょうじん語録


「ためてためてためて、ハッ! と、崩れる瞬間」

ためたものが、崩れる、というの、
今回「裏切る」ということを明神さんはよく使うけど、
その、ためているときに
期待するようなことを裏切る、ようなこととか、
ためているんだけど、何がそのあと起こるかまったくわからない、とか、
そういうようなことが、「ハッ」とするような、
なんだかみていて、つき動かされるような、
そういうものを生み出したら、
それは演劇の影響として、すごい魅力的な類のものだ、と
そんなことは考えるなあ。
それは演劇の根本的な力として使えるし、
それだけで構成されているようなものだってある。



「オヤジ目線。あ、いや、私がですけど」

演出家が、ときとして、趣味というか、
なんだか変な「趣向」がはいること、よくあって、
だからあの演出家は変態だとか、
ああ、こういうとこ見せたいんでしょう! 変態だなあ! みたいな、
そういうのは、まあ、あるよねーという。
タランティーノが執拗に足を映す、みたいな
わかりやすいものもあるけれど、
うん、そういう特異な演出家の「視点」を発見する
楽しみみたいのは、ある。



「海に行けば全部解決すると思っていた」

「海」と言ってイメージするものは、
やっぱり出身によってけっこう違うようで、
以前色んなところ出身のひとと、話したときに
いや自分は日本海だ、ぼくは太平洋だ、ううんそうじゃなく瀬戸内海だ……
というふうに、おなじ日本でもいろいろ、違った。
だから複数のひとと、「海」というものを
漠然と共有すると、ただその、最小公倍数というか、
海といえば最低限これはあるよねー、みたいなところで
共有せざるを得なくなるところ、ってのは、あるかもしれなくて、
明神さんの言う「海」ってのは、あの高知の海のことで、
だから、みんな見ないと、わからないわけですよ、
つまり、見ちゃえば早いわけで、
今日、それを見た、それっていうのは、
じつはかなり大きなことかもしれない。


今日の反省:
気づいたら麺ばっかり食っている
つうかうどんばっかり食っている
うどんは、でも、うまい


演出助手・カゲヤマ気象台
  1. 2011/11/09(水) 20:17:33|
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『WæNDERING』稽古11/8

演劇のことやるしかない、日常みたいな。
よくよく考えれば、演劇の関係ない、なじみの友達みたいなひとに
会うことのない生活なんだな。地元のひとには会うけれど


今日からあやこさんの合流、
高知の様々な場所から「エナジー」というか
具体的な創作のためのきっかけみたいなもの、をもらうために
フィールドワークをしていこう、というのが
今週の動きになっているのですが、
それで今日は、高知城に行って来ました!


一豊


山内一豊について学ぶ一同

やはり城ってのは、でかい。
城壁から何から、大きさの感覚が日常と変わります。

そして、鳩が多い!
屋根のうえにずらりと並んだ鳩


鳩が


きれいに群れて飛ぶんですねー
稽古場に戻ってからも、
鳩から出発して動きをつくることもあり、
やはりすごく印象的だった、鳩。

そして一同は天守閣にのぼる


天守閣


高知市内を見渡せる、高さと、
通り抜けていく風のここちよさ!
今日がはれててよかったー
ちなみに恵篤さんが座っているのは、
高いところが苦手でこれ以上近づけないからだそうです


稽古場にもどって、稽古!
色々変わってきたところも踏まえ、
改めてオープニングのシーンをつくりなおす。
まだ決まっているところは少ないものの、
強度はあがっている、ようにかんじる。


オープニング


明日からまたどんどん作っていきます。
そうして、フィールドワークとしては、
ついに高知の「海」に行くという!
韓国の方々にとっては初の太平洋かも。
たのしみ、それでまた稽古がすすんでいくといい。



★みょうじん語録


「仮死状態というか、一回死んでまた再生する、
 みたいなことを、遊びとしてやりたいな、というのは、あります。」

むかし(たしか、戦前)お芝居のある場面で、ひとが死んで、
でも、そのあと場面転換しなきゃいけないから、起き上がって去るんだけど、
それが「命を軽んじている」と非難された、ということが、あったそうな。
今からすると「なんじゃそら」というかんじではあるけれど
(まあ当時も「なんじゃそら」だったろうけど)
でも、それを「わざとやる」というのに、面白みはあって、
逆にダイナミズムを生むこともあるんだろうと思う。

(余談ですが、ファンキーなリズム、グルーヴというものは
メトロノームのように「持続」していては生まれず、
たとえばドラムなら一打ごとにそこで終わって「死に」、
また「再生する」ように次の一打へいくことによって
生まれてくるんだ、という論を読んだことがあって、それには
すごく共感するし、演劇が観客の身体にアプローチする方法として、
そういうふうに動くってのはすごく強い、とか、考えること、あります)

ところで、死ぬ→再生というモチーフは、そんなにめずらしいものじゃない。
ただ、なんで、どうやって再生するか、というので
いろいろ個性がついてくるようなものだとおもうんだけど、
今回はそれを「遊び」ということでやろう、ということらしい。



「けっこう、お客さんはじめて、ニョロニョロ状態の人間をみるので」

「ニョロニョロ」ってのは、あの、ムーミンのニョロニョロなんですが、
そのモチーフってのは明神さん、よく持ち出すんだけど、
でもそれはまさにあの「ニョロニョロ」を目指そう、というよりは
明神さんの中であるイメージがあって、それの表現として
ニョロニョロがいちばん近い、という感じなんだと思いますが、
それを「初めてみる」っていうこと、
なんだか僕の感じたのは、そういうものに
実際は見慣れていてもいいのかもしれないけど、
そういうひとでも、なんだか
「初めてみる」というような感慨を与えられるようなもの、
そういうものこそがいい、ってことで、
たとえ何度みようが、そのつど、
「ああこれをみるのはこれがはじめてだ」って
実感できるようなもの、できたら
それはすごくすてきだな、というふうに思う。



おまけ写真:
鷹匠ならぬ鳩匠となった明神さん

鳩が!

えっ、すごくね、これ


演出助手・カゲヤマ気象台


  1. 2011/11/08(火) 19:58:58|
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『WæNDERING』稽古11/7

高知に来て最初の稽古!
稽古場は高知県民文化ホールの練習室で、
いくとちゅう、高知城のよこを通るから
どうせならというので中を通って行く


高知城前


入り口付近で記念撮影していた女子高生に、
「アニョハセヨ!」とジュニョンさんが声をかけたら
「アニョハセヨォォォ!」とちょうノリのいい返事。
高知のフランキーな人柄をおもいしって、
みつけたレトロな電話ボックスでポーズをとるギウォンさん


電話ボックス


そうして新しい稽古場。
とっても明るい!


稽古場


となりは「三翠園」という、元武家屋敷の旅館。
温泉も日帰りプランで入浴できるそう。
いきたい…!


しかし始まった稽古、は、
いきなり壁にぶつかったかんじ、
いままでうまく共有できていなかったり、
迷走していたような部分について、
長いながい議論がはじまる。
日のたかい時間をずっとつかって話し合い、
気がついたらもう夕方…!
やはり公開稽古を通じて、
どうも、このままではうまくいかない感じが強くなっていった。
イメージややりかたを確認しあい、
この「高知」という土地での感覚から出発していこう、
ということで、再出発するようなところ。


日もおちかけたところで、
高知という場所の力学を味わおう! ということで
鏡川の川べりをワンダリング(逡巡)する。


IMAG0020.jpg


夕陽のまきまきさん


稽古場にもどり、
川のイメージをふくらましてパフォーマンスにする。
環境もかわり、真剣味もさらに増す。


稽古


じゃっかんピリっとした空気もはいって、
お客さんの姿がみえるというのもあるかもしれないけど、
(今日は稽古場に二名の見学の方がいらしてくれました)
より追い詰められているかんじ、
生半可なことはできやしない!


稽古後はひろめ市場で海の幸。
あしたはちょっと遅れて高知入りするあやこさんも合流。
全員そろってたちむかおう、というところなので
気合いれて、明日もしっかり起きよう、とぼくはおもった



★みょうじん語録



「ワクワクよりももっと、ゾクゾクしたいんや!」

高知にきたら明神さんが訛った。
いままで「ワクワクシリーズ」と言ったりしていたけど、
いや、ちがう、と明神さんが思ったらしい。
そうじゃなくて、最終的には、ゾクゾクだ、と。
個人的な経験では、ゾクゾクのほうが、ワクワクよりも不可解。
悪寒とか「みぶるい」のようにくるものは、
タイミングなんて読めやしない。
道をあるいていて、ふと、
身震いしてしまうような瞬間というのはあるんだけど、
前兆もなかったりするし、原因もわからない。


「遊んでるうちにルールができてくるかもしれないけど」

たとえばセッションしているようなときに、
なんとなしにお互い想定していなかったような
「パターン」みたいのが生まれてしまう、というのは
音楽にも演劇にもあるだろうし、
そのなんとなしに作られた「パターン」ていうのが、
さらに遊ぶための「ルール」になったりもする。
しかもその「ルール」は絶対的なものじゃなくて、
ときとして変化していくいくからおもしろい。



「関わっているようで、関わっていないけど、さまよっている」

関わっているようで関わっていない面白さ、というのがあって、
クローズアップではなんだか関係しているようなふたりの動きが、
カメラがひいていくとじつは全然ちがう文脈にあった、ていうような
そんなシーンがいつかみた古いコメディ映画にあったような気がするけど、
そこにあるふたつのものに、
機会さえあれば関係を見出したくなるのが、鑑賞というもので、
だから劇場には「関係を見出したい」観客の欲求に満ちている。
そこを裏切ったり、弄んだりして、もしかしたら
ぜんぜん知らない場所にまで連れて行かれるかもしれない。


今日の感慨:
ここ2日間でおそらく過去10年に匹敵するくらいの
「龍馬」という文字をみた。


演出助手・カゲヤマ気象台


  1. 2011/11/07(月) 14:13:34|
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『WæNDERING』高知に移動、ワークショップ11/6

ばたばたと支度をして、
寝ぼけ眼をこすりながら飛行機にのり、
気づいたら高知にいるよ、速い!
龍馬空港からタクシーに乗って、高知市内を移動。

助手席にいるのは舞台美術、杉山至さんのうしろすがた


タクシー車内


五台山にのぼり、高知市内を一望できる展望台にまず。
ここがこれから挑む高知だぜ! てんで、
かけつけのビールをあじわう恵篤さんのうしろすがた


恵篤さんビール


渋い。


そうして高知の町をバックに、韓国陣!
逆光なのはご愛嬌。


韓国陣と高知


本番の会場となる美術館に移動して、
杉山さんによるワークショップがはじまります。
たくさんの人に参加していただけて、
ほんとう、いろいろたのしかった!
会場のようす


ワークショップ風景


「彷徨」「共感覚」をテーマに、
様々なこと、探ったりしながらワークショップは続いて、
自分の好きな「触感」をスケッチしてみたり、
美術館をめぐって、気に入った絵から
身体の「動き」をつくってみるなど、
感覚が色々に「翻訳」されたり、
自らの身体から出発して、
スケッチや「動き」に表していくのが、
長丁場のワークショップでみなさんおつかれだったとも思いますが、
発見と驚きに満ちていて、とても刺激的だった。
色んな生活、人生をすごすひとが集まったからこそ、
そのぶん意外さはだいぶ満ちていて、
たとえばこれが東京でだと、
なかなかこういう機会は少なかったりする、
なんだかんだで同じような文化圏の人が集まりやすいから。
こういうふうに主婦から高校生まで開かれているようなところが、
地方のよさだなーというふうにおもうし、
こういうところでこそ演劇は試される、とも思う。


ワークショップでパフォーマンスを発表するようす。


ワークショップで


杉山さんありがとうございました!
続いて本番前には実際に舞台美術をつくるのもやるらしいので、
お時間のある高知のかたがたはぜひどうぞ!


杉山さん


居酒屋いってうまい鰹など高知名産を堪能。
明日から稽古なので、さてどうなっていくことやら。
稽古場は解放されているのでどんどんお越しくださいー


(本日の「みょうじん語録」は
 カゲヤマがメモをとる暇がなかったので
 おやすみさせていただきます)


本日の発見:
じつは飛行機なれてなくて、
わりと苦手だったのだけど、
極限状態にあるような小説をよんでると
「あ、自分よりぜんぜん大変なひとがいるんだ」ておもえるから
だいぶ楽になる。


演出助手・カゲヤマ気象台


  1. 2011/11/06(日) 23:46:41|
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『WæNDERING』稽古11/5

今日は公開稽古、
キラリ☆ふじみにやってきました!
ひろーい。
が、会場となる空間はこれよりも広いらしい…

アップをする一同

アップする


公開稽古を前に、調整をしていきます

調整する


そうしてお客さんも入って、稽古!
たくさんの人の見ているなかで、
いろいろ動きを試していく。
なんだかふだんの稽古より、
創作のダイナミズムが大きく働いているきがする。
なんだかあらゆる方向からプレッシャーをかけられているというか。

公開稽古


それに、今回は通訳もあって、
言葉のレベルからもふたつの方向があるから、
ほんとうにいくつもの視点が生まれているように見える。

稽古の後半は、音楽木並さんによる
モチーフになる「歌」の講釈。
みんなで楽譜を手に、
いろんな音をさぐっていって、
身体に落としこんでいきます。

音楽を


みんなも初めてのことを、
初めて「観る」みなさんと共有するというのは
なんだかわくわくする。


一時間半はあっという間で、
なんだかものたりない感じではあったけど、
高知では稽古場、ずっと解放しているので
高知のかたがたはぜひ!


あしたから高知だー




★みょうじん語録



「ペッくん(ベクさん)がどうしても目立っちゃう、
 だったらいっそもっと目立ったほうがいい気がして」

なにかを矯正しようとおもっても、
けっきょくうまくいかないことは往々にしてあって、
でも、そういううまくいかなさが、
今回、作品を発展させていくための、
重要なポイントになっているような気がする。



「もう少し織姫と彦星の出会いがほしい」

べつに織姫も彦星もでてこないのですが、
こういうような見方になっていくということ、
なんだか「物語」が介入してくるということ、
たぶん、そこにある人間の数だけ、
その「物語」は生まれるんだろうなと
(でもその物語は一瞬で終わったっていい、
 そもそも物語なんて、始まった瞬間に終りまで決まっている)



「ちょっと、ワクワクシリーズでいきます」

音楽のテンポについて明神さんが。
ワクワクシリーズ、いいね! というか、
なんでも、「ワクワクシリーズ」って言えば、楽しいね!
お客さんにも「ワクワク」つたわればいいね! とそんなことを



今日の反省:
高知に積んでいる本をもっていこうとして、
安吾『白痴』とか夢野『少女地獄』とか、
きちがいめいたものばかり残っていたのでじゃっかんゆううつになった


演出助手・カゲヤマ気象台


  1. 2011/11/05(土) 20:59:13|
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『WæNDERING』稽古11/4

東京の稽古場での稽古は今日でさいご。
明日はふじみで公開稽古、
明後日から高知です。
はやいものですねー


そうして明日のふじみに向けて、
オープニングなど、つめていく。
ポイントが絞られてるだけ、
いつもよりみんなが一体になって
稽古にのぞんでいるように見える。


オープニング


さらに、それに続いて
「ひとり遊び」の発展していくさまをみんなでつくる。
このあたり、今回の骨子となるところです


ひとり遊び


中島さんがブッダめいている


作品としては高知で固めていくことになりそうですが、
明日は様々にひろがる「予感」のようなもの、
そのワクワク感を味わっていただけたらとおもう。


これはきのうの美土さんからいただいたオクラ!


オクラ


青くて若々しいオクラです。
これを輪切りにして、


オクラきった


醤油が古くて危なそうだったので、
梅昆布茶で味をつける。
いい風味!


オクラたべた


たべたベクさんの顔。

しかし韓国の方々には不評のよう…
たしかに得体のしれない野菜ではある、
また違ったかたちでチャレンジしてほしいものです。


さいご、掃除して、
さよなら、アトリエヘリコプター!

さよなら



★みょうじん語録


「通りすぎていく生命」

今日何度か明神さんの言ったことですが、
「通りすぎていくものに出会う」っていうの、
その魅力っていうのは、すごくあって、
昔の旅一座みたいのって、そもそもが通りすぎる演劇でしたけど、
一年のある時期だけ日本に来るつばめとか、
ときたま地球のちかくを通る彗星とか、
去っていくものだから、いろいろ思いも馳せてしまう。
「池が凍っているあいだ、あのアヒルたちはどこへ行ってしまうんだろう?」
という、ホールデン少年の疑問もそういえばありましたね



「そうしたら、ハナちゃんが鬼、みたいかんじで始められるかもしれないし」

あそびはたいてい「鬼決め」からはじまっていて、
その前まではみんな平等なんだけど、
そこでじゃんけんに負けた瞬間、
なんだか「穢れ」みたいなものを背負わされる。
どうしても遊びはそこから始まらなければならないし、
その「穢れ」は相手にうつして、解放されることもできるのだけど、
もしかしたら最後までずっとそのままかもしれない、
あの、誰が「穢れ」を背負うか、きめる瞬間っていうのは
なんだか残酷だし、後戻りできない儀式をはじめるようでもある。



「ワープしながら来てもいいかもしれないし」

簡単に言うなよ、てかんじですが
でもその、「ワープ」っていう単語が、
ちょくちょく出る、ていうかんじがなんかいいな、と思った
なんだかすごく遊んでるっぽい感じがする。
「ワープ」なんて、大人は日常には言わないし、
真剣に「ワープ」とか言っちゃうかんじが
すごくまじめに遊んでいるような雰囲気がある。



「コミュニケーションなく、自然発生的に出てきてしまうというの、
 ダンスっぽいなという要因だと思うんですよね」(日下部さん)

やはり、言葉をまったく使わない、
身体を使ったパフォーマンス、となると
ダンスに近寄りやすくなってしまう、
でも演劇だよ、という場所を確保しなくちゃいけなくて、
ていうのも、「ああダンスね」になると
いろいろもったいないからだけど、
確かに、テキストが優位にある演劇では、
テキストによって保証されていること以外のことは、
なかなか軽々しくできない。
でもそういうの軽々しくやってしまえる、というのは
ダンスらしいことにもなってしまう、のだろう。
もちろんぜんぶがある「テキスト」に
裏打ちされていなくてはいけない、というのも
また、つまらないのだけど、
そのへんにはどうしても慎重にならなくてはいけないのだろう。


明日は19時半から、キラリ☆ふじみで公開稽古!
http://www.pocarine.org/mt/archives/2011/10/post_158.html
みなさんぜひぜひどうぞー


今日の反省:
おなかの調子がよくなくて、
稽古中ぐるぐる鳴ってしまった、
本番にはないように気をつける
まあ、お酒のんだり食べてすぐ寝たりしてるせいなんですが!


演出助手・カゲヤマ気象台


  1. 2011/11/04(金) 22:48:38|
  2. WæNDERING
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『WæNDERING』稽古11/3

さて今日も五反田にて稽古。
やっと慣れてきたところですが、明日で最後とは。


照明の木藤さんが、
故郷の柿をくださったそうで。わーい!
包丁で皮をむくハナさん

柿をむく

おいしくいただきました。


今日からまた新しいシーン、
オープニングについてつくっていく。
この後につながる色んなイメージを想定しつつ、
なにかを「始めていく」予感をふくらましていく。

新しいシーン

みんなの真剣なまなざし。


5日のキラリ☆ふじみでの公開稽古では、
このシーンを公開するそう。
どんなかたちになっているか、おたのしみに。
っつっても、もしかしたら明日の稽古でまた変わるかもしれない、
私たちすらどうなるか、わからないところですが…


ひとつのシーンについて、
アイディアを出しあい、
また壊し、また組んでいくので、
やはりすごく時間は、かかるわけです。
いまだどうなるか、わからない。
公開稽古のあとでもたぶん変わるんだろうなーとは、感じる。
高知のひとはぜひどんどん稽古場にきてほしいと思う。


あと、今日は稽古場に、
ハモニカ奏者の清野美土さんがいらしてくださいました!

ハーモニカ

なんと贅沢なことに、
稽古場でライブをしていただきました。
渋いブルース・ハープを中心に、様々なスタイルを

セッション

暗いですが、ジャンベでセッションするまきまきさん

ジャズやジプシーなど、色々に展開していくさまは
本当に格好よかったー。
力強く、常人なら酸欠で倒れてるよ、ていうほど
ブロウするようす、じぜんにこっちの体もうごく。
ていうかぼくはがんらいブルース好きなのでたまらない。
すごくいいソウルをいただきました。

(ハープ買って、練習しようとおもって、
 そのままになっている。高知から帰ってきたら
 もうちょっとちゃんと練習しよう…)


★みょうじん語録



「赤の陣地と青の陣地が合わさった、紫色のところで化学反応」

ある俳優が陣地をつくり、
また別の俳優が陣地をつくる、
その陣地の関係性のことについて明神さんの言ったこと。
ところで、ぼくは、演劇はやはり、関係性の芸術であり、
「場所」の芸術である、というふうに思っているのだけど、
そうしたらやはり、ふたつの「場所」が交わるところには、
どうしても何らかのあたらしいものが
生まれざるを得ない、そこには関係性がある。
そこに色を見出す、ていうのは、あるひとつの見方だ。
そういえば、「茶色」ていう言語がない民族は、
「赤」と「黄色」しかなく、その中間については
判別できない、「茶色」は理解できないらしい。
明神さんは「紫」と言ったけど、
それは便宜上でしかなく、もしかしたら
それは名づけようもない、「赤」と「青」の混じった
なにか、なのかもしれない、
そこから、「紫」っていう言葉を、
新しく発明するのだ、としたら、
すごくダイナミズムがあっていい。



「オープニングとして、この場所に存在するというの、始まりとしていいと思う」

時として、最後までどうしても「ノれない」演劇っていうのはあって、
それは、どういう「存在」なのか、というのが
最後までわからなかった演劇、ということなんだろうけれども、
最初に、オープニングとして、
それがどういう「存在」なのかっていうのが
実感としてわかると、気持よく見れたりする。
あ、個人的には、存在を肯定する態度にあるような演劇が、好きですね。
そういうのこそ、見ていて元気になれるとおもう。
やっぱり元気になれる演劇がいいなと思いますよ。
物語は悲劇でもいい、それと
存在の肯定は矛盾しない、とおもいます。
そこでWæNDERINGはぜったい、なにか肯定されるような
演劇になるだろうとは、予感しています。



「天と地がぴーんと一本の軸でつながる瞬間」

清野さんのパフォーマンスについて、明神さんの感想。
ハーモニカを吹く身体の運動のある瞬間に、
こういうときがあるのだと、
たしかに、ハーモニカは全身をつかっているし、
とあるときに、はっとするときがあって、
それっていうのは、やっぱり、天と地が
ああ、接続された、と感じる瞬間かもしれない。
そういえば、ジョン・マクラフリンていう、
すごいギタリストがいるんだけれど、
彼は「自分が弾いているんじゃなくて、神が自分の体を使って弾いている」
という感覚に身を委ねているらしい。
何かに没頭していてふと自分の範疇を越える瞬間ていうのはあるのかも。



今日の反省:
「今日はセッションします」てメールがきて、
ギターもってくかどうか迷った(エレキだ。テレキャス)。
アンプないし、荷物もふえるんでもってかなかったが、
あったらちょっと楽しかったかもしれないなーと後悔。


演出助手・カゲヤマ気象台


  1. 2011/11/03(木) 19:16:00|
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『WæNDERING』稽古11/2

早いもので、五反田での稽古もあと3日。
なんだか寂しいものもある。

すっかり秋めいてますねー


柿


だんだん暗いアトリエにずっといるのも、
つらくなってきたから、
声を出さないので光だけいれる。
(劇場としても使うので普段窓は板で閉ざされている)


明るい


明るい…光ってだいじ。


今日も衣装の工藤さんが来て、
衣装の最新のものをもってきてくださいました!

衣装をみている一同


衣装をみて


光をあて、いろいろ動き、
イメージや質感をたしかめていきます。


次は衣装をきているギウォンさんの写真!


衣装きてる


おっと、首から下はまだお楽しみ。


ひとりずつ採寸して、
それぞれの体格にあわせてつくっていきます。

採寸する工藤さんと採寸されるハナさん


採寸


採寸しているあいだも稽古は続きます。
ひとりずつ抜けてしまうので、
さいきんずっと稽古場に来てくださっている池内さんが
代役を務めます。

池内さん代役


池内さんは池内さんでまた面白いのです


稽古としては、またちょっとシーンを作って、
一歩、進んだというかんじ。
まだ定まっていない、ぶぶんもあるけれど
たぶんどうせすぐには見えてこないし、
すぐに見えてしまっても困る。
一歩一歩つくっていくのです



★みょうじん語録


「ココカラ ハジマル ココカラ ハジメル」

これは今回のキャッチコピーですが、
今日はじめてその意図が明神さんの口から出ました。
このパフォーマンスの、オープニングのイメージ。
タンポポの種がたまたま飛んできて、着床し、
そこに生命をはじめるような、そんな感覚だそうです。
「ハジマル」という、偶然性と、
「ハジメル」という、意図。
ふたつがいいようにからみ合って、
遊ぶように展開していくようなもの。
お客さんにも同じくわくわくしてほしいですねー



「動物には列になって並びたいという本能があると、私は思う」

「群れ」よりも「列」のほうが、なんていうか
何かに「参入している」というか、
より大きな存在? の下にあるような、
そんなイメージがあるのですが、
なんとなくそれは、天国の門とか
閻魔大王の法廷の前に並んでいるような、
そんな連想をさせるからのようにも思える。
なんか死後の世界が先行してあって、
この世においてそれを模倣しているとでもいったような。
だとしたら、演劇というのが模倣の本能によるものだとすれば、
それはある部分では死後の世界の模倣なのだとも言えはしまいか?
ふとした思いつきだけど、直感的にそういうのはありそう



「恥じらいなんだけど激しい、みたいな」

感情とその表れがおおきくずれるということ、
日常ではない軸で対話をするということになると、
こういうことはしばしば起こるのだけど、
ほんとうにコミュニケーションというのは、
いろんな次元にある。
ひとつだけのコミュニケーション軸に囚われていてもつまらない。
複数の次元にわたってコミュニケーションが意識されると、
それだけ強度は増大するとおもう。
もちろんある次元ではバッサリ切ってもいいわけだ。



おまけ写真:

通訳のジヨンさんが撮ってくれた

カゲヤマ

はじめまして。わたくしがカゲヤマです。


演出助手・カゲヤマ気象台



  1. 2011/11/02(水) 13:11:23|
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『WæNDERING』稽古11/1

昨日いちにちおやすみをはさんで、
きょうは朝から明治神宮に、秋の大祭の
奉納能・狂言をみにいきましたー。
きもちいい秋の空気のなかで、
空もたかいし、カラスもとぶような
すがすがしいなかでみる舞台はとてもいい。
いや、能は、ちょっと舞とかは、あれでしたが、
日本の風景だね、やっぱ! てかんじで、よかった

明治神宮

境内できゃいきゃいする一同


五反田に戻って稽古。
今日は昨日つくりかけた
「連なる」のシーンをふくらましていく。

動きいろいろ

明神さんいわく、このシーンは
「めくるめく旅シリーズ」なのだそう。
いろんな存在が現れては、消えていきます。
ずっとみていると、その旅っていうのは
ただの距離、だけではなく
いろんな歴史をたどっていくような
そんな感覚にもおそわれます。

動きいろいろ2

右側手前の恵篤さん、
柔硬兼ね備えた身体で、
先頭にきても最後になっても、ばっちりはまる
さすが、熟練の我らが親分です


あ、今日は、ベクさんの誕生日でした!

ベッくん誕生日

サプライズケーキ。

おちゃめ中島さん

クリームをつけられた中島さん

おちゃめベックん

ベクさんも。

バースデーケーキ

おめでとうございまーす

ちなみに、ベクさんは生まれてから、
お父さんが届けを出すのをめんどくさがったために、
戸籍上の年齢は実年齢より一歳下だし、
誕生日もそもそも全然違う日らしいです
今日のは実際の誕生日
韓国ではわりとよくあることだそうです。

国民性!


あと、今日は女優の鶴田真由さんが稽古場にいらっしってくれましたー。
シーンのアイディアもだしてくださったり、
気さくですてきな方。きれいだったー
稽古後みんなで居酒屋へ。
そろそろ疲れもでてくるけど、がんばろー
ヒムネヨー!(元気だして!)



★みょうじん語録


「もうそろそろ壊したいな、って思ってきたから」

シーンを作っていて、
長い時間しずかにしずかにやっていたところで、
明神さんが言ったひとこと。
なんか、ゆっくり、脚本もなく作ることでの、
おもしろさ、こういうところにあるのかもしれないと思って、
つまり、作っていきながら、
「そろそろ壊すか」というところが、でてくる。
アポロンとデュオニソス? シバとビシュヌ?
的なところなのか、そういうダイナミズムが
スリリングに展開されると、やっぱり楽しい



「何か起こりそう、ていうところを、耐える」

その流れで、何か起こしたい、何か起きてほしい、
というところで、あえて耐える、ということ。
そういうところでは、ある種
観客のマゾヒズムに訴えるというの、
もしかしたら、あるかもしれない。
焦らし、焦らして、しかも、裏切ったりする
そのぶん、カタルシスは大きくなる、というような
なんだかそういう意味で、
エロティックなところ、稽古場でも、
あるような気がするんですが。
ちょくせつ表れているわけではないけれど



「これなんか『夜奏』の続きみたいなかんじで…」
「あたしの中では続いてんの!」

あのー、個人的なはなしをすると
ぼく、稲垣足穂がすきで、
リーディングとかも演出したことがあるんですが、
彼が言うに、自分の生涯のすべての作品は、
10代のころから書きためた掌編をあつめた初期の作品、
『一千一秒物語』の、解説、バリエーションにすぎないと。
でもそういう面てのは、多かれ少なかれ、
多くの作家にあるような気がして、
全部の作品がなにかそういう、「バリエーション」になってしまうような、
例えば同じモチーフがなんども、でてきたりして、
ひとりの作家を解読する手がかりとしてそういうところはあると思いますが、
いや、ぼくは実は明神さんの過去の作品は知らないのですが、
そういうものっていうのは、深いところで
その作家を読み解く鍵になったりするから、
そこで理解できたらいいな、というように、思います。



今日の悲しかったこと:

実は明治神宮のこと、すっかり忘れていて
歯医者の予約をいれてしまっていた、
すんでで思い出して、奉納能には間に合ったけど、
待ち合わせには遅れてしまって、
しかも、その歯医者の検診で、
虫歯がたくさんみつかって、
今まで虫歯ってほとんどなかったんだけど、
だからダブルでちょうへこんだ。高知行く前に治療する


演出助手・カゲヤマ気象台


  1. 2011/11/01(火) 19:12:12|
  2. WæNDERING
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